NPO法人「YCスタジオ」 生きづらさを抱える若者たちの居場所から 「もうひとつの生き方・働き方」が 発信されている

インタビュー/特別寄稿

2017/10/30

若者たちには「ありのままでOK」の居場所が必要

 「貧困の状況にある子どもたちに寄り添った支援を草の根で行うNPO法人等を支援し、社会全体で子どもの貧困対策を進める環境、応援ネットワークの構築を目指す事業」である未来応援ネットワーク事業に2016年に採択された86団体のひとつ、島根県松江市のYCスタジオ(木村悦子理事長)を紹介しよう。

YCスタジオはこうして始まった

島根県松江市で13年前、不登校の子どもたちの自由な居場所と学びの場所づくりをすることから始まった活動は、その子どもたちが成長し若者となったときもうひとつの活動に発展した。「いま困難を抱える人たちと、もうひとつの生き方を自分たちとつくっていこう」という強い決意ではじまった若者文化工房、YCスタジオ(Youth Culture Studio)だ。

そもそもの活動の経緯はなんだったのだろうか

理事長の木村悦子さんにきいた。

「13年前のことになりますが、私が神奈川から島根へIターンして学校に行けなくて苦しんでいる子どもたちに出会いました。当時、義務教育の学校にいかないと警察に捕まると思われていたほど、不登校は否定されていました。家にいると引きこもりといわれ、何らかの障害があるようにもいわれました。

そこで、不登校の子を持つ『親の会』を立ち上げました。親の会のあるときには親に子どもがついてくることで自然発生的に子どもたちの居場所と学びの場『フリーダス』ができました。

「うちの子は〜」とついつい言ってしまいがちですが、子どもたちに責任はありません。そういう世の中を作ったと反省しなければいけないのは私達大人です。子どものせいにせず、大人がちゃんと子どもに向き合う世の中にしていかなければと思います。子どものどんな芽も潰さずに育てていけたらいいなと思っています。

でも、中学3年で義務教育が終わると、子どもたちの居場所がないのです。それで、若者が安心して過ごすことができて、なにかしたいことにチャレンジできる場所を作りたいと思いました。

それで、松江市の中心商店街にある築120年の町家を借りて、家庭の延長のような雰囲気にして、心の通じるスタッフや仲間と好きなことを取り組めるように、音楽やもの作りできる工房を作ったというわけです。

基本はいつも『ありのままでOK』。どうしても否定的なまなざしに囲まれつづけると、自分を否定してしまいがちですが、ここではそんなことはありませんから、自然体でいられます。それで自分のできることを試せるのです」

という木村さん。10代後半から30代前半の若者たちに温かなまなざしが注がれるので、安心して過ごせる居場所となっている。

自分を生かして何かができる

松江駅から約10分。宍道湖畔を歩いて、松江城のお堀を回ったところにある商店街の中にYCスタジオがある。ガラス張りの明るい造りは元店舗だった。ウインドウにはカラーペーパーで楽しげな飾りがなされている。外からは店内に並べられたテーブル、野菜や人の動きがみえる。

店内に入ってみると、掲示されたポスターのなかに、

「活動内容は、居場所、相談事業、,音楽・ファッション・デザイン・写真などのスタジオ、農業体験、宿泊、交流などをしています。また、起業・就業ワークショップとして若手作家の作った作品を売るチャレンジショップとカフェ、YCスタジオクリエイトショップとカフェ、弁当もやっています」

とあり、多彩な事業内容を展開しているところであるのがわかる。

見渡せば、店内にはメンバー手づくりのビーズアクセサリーやユニークなTシャツ、アート作品などが並んでいる。掲示してあるポスターやステートメントもYCスタジオで作成したものだ。

店にいる若者は、お客さんに「安全でおいしいランチ・ドリンク・スイーツをご用意しています」と案内したり、野菜を買ったお客さんに「野菜と一緒にレシピを入れておきます。別のところに入れると作ろうと思った時にどこにいったか探せ出せなくなるので」と心憎いアドバイスもしてくれるらしい。

「YCスタジオは自分らしさや生き方をみつけられる場所。自分のしたいことや個性が活きる道をゆっくりでいいから探してもらえたらいいと思っています。

学校に行っていなくても、働いていなくても、障害があってもみんなOK。学歴や職歴などで判断しないで若者たち一人一人のきらりと光る個性や独創性を、認めていきたいと思います」と木村さんはいう。

商店街という人の集まるなかに店舗兼オフィスを構えることで、人となじめなかった若者も会話ができるようになって、本来の自分をだせるようになる。

また、困難をかかえる若者に対する地域の理解を得られるようになって、地域での助け合い、高齢化した商店街・地域の活性化にも一石を投じている。

常連のお客様がいる

農業と食べることは命の源

木村さんはYCスタジオを創設して間もないころ、YCスタジオで若者たちと一緒に過ごすうちに、何人かがまともに食事がとれていないことに気がついたという。それからは毎日、昼食を作って一緒に食べることにした。そして、野菜も自分たちでつくろうと、6年前には郊外に畑を借りて農業を始めた。季節のおいしい野菜が揃うようになるとそれを料理して、カフェ・ランチ、お弁当、お惣菜屋など、食に関わる仕事作りへと自然に発展していく。

「たとえ働けなくても、お金がなくても食べることさえ満たされれば生きていけるし、周囲の人を幸せにすることができる。自分たちの分だけでなく、販売する仕事にも繋がったわけですから、食べることを大切にしたいです」

ランチを作って食べることがきっかけとなり、「農を食と職へ シェアキッチン事業」として、平成27年度福祉医療機構(WAM)の社会福祉振興助成に応募して採択され、事業が軌道に乗るようになった。

3つのプロジェクトを基本に活動

自然豊かな島根という地域の特性を生かして、命の基本である「農(漁)」を「食と職へ」つなぐプロジェクトとは具体的にはどんなものなのか。次のようなことを基本にしていて、初年度は①②のプロジェクトで推進し、次年度に③を追加した。

①生きるためのプロジェクト=農と食による生活の自律

自然のなかでの農作業体験で心身をリフレッシュし、生へのエネルギーを回復する。無農薬で育てた採れたての野菜で献立を考え、料理の基礎を養う。今日の食べものに困っている人にお惣菜などをお裾分けして助け合う。

②働くためのプロジェクト=農と食から職へつなぐ

農作業、こだわり市,惣菜の製造販売により、仕事体験から中間就労へ進む。経済団体等を通じて、起業家,NPO等との緊密な関係を作り、就労困難者についての勉強会や見学会、起業での体験・訓練・雇用につなぐ。

1年後には発信力強化のためにITとのかかわりを始めた。

③分かち合いのためのプロジェクト」=ITによる発信力強化と助け合い

ITの勉強会を開き、HPやブログを立ち上げ、若者の声やシェアキッチン事業について発信する。

報告書や会報、作品集を編集・作成する。

お惣菜・お弁当の余りを食に困っている人におすそわけする。(フードドライブ)

このようにYCスタジオは日々、プロジェクトを成長させ、実績を重ねている。また、その中から、周りを巻き込んで可能性をさぐりながら、新規のプロジェクトへとどんどん展開し、とどまらない。

2009年 隠れた情熱がほとばしる「アウトサイダーアート展」

「YCスタジオにはいろいろな事情をかかえてやってくるなかで、黙々とアート作品を作る若者が少なくありません。クリエイトショップにもひきこもっている人のアート作品が送られてきます。作品の多くは、常識の枠を飛び越えて、個性的な魅力にあふれ、見るものを圧倒します」と木村さん。

アート作品は素晴らしいのに、作った本人は誰に見せようという訳ではなく淡々と描いたり、作ったりしているので、他人の目にふれることはほとんどないのが現状だ。そこで、2009年2月に作品展を開いた。集まったのは、油彩画、コラージュ、陶芸、CG、マンガ、詩などなど。一人一人の沸き立つ思いが伝わってくる作品ばかり。

展示会場は、島根県立美術館とYCスペーストカトカの2会場。展覧会タイトルは「YCスタジオ・アウトサイダーアート展『Diary in art-マグマたちの噴出』。

島根県立美術館には10名の作家の作品、120点。スペーストカトカには3名の作家の約70点を展示し、両会場で計600名の入場者があった。

「アウトサイダーアート」とは、もともとはフランスの画家、ジャン・デュビュッフェが「アール・ブリュット」という考え方。その和訳は「生(き)の芸術」となる。デュビュッフェが目指したのは「芸術的訓練や芸術家として受け入れられた知識に汚されていない、古典芸術や流行のパターンを借りるのではない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的表現」としている。

しかし、日本では障がい者が作った作品と誤解されることもある。そこで、「ボーダーレスアート」「マージナルアート」、または「アール・ブリュット」のタイトルにという議論があったことも付記しておく。

展覧会に先立ってYCは調査をした。「不登校や、引きこもりの人の中に、興味深い作品を作る人がいる。彼らの制作は『誰か』のために行われるものではなく、自分が『作らねばいられない』という種類の情熱であった。言うなれば彼らの生きている『証し』が作品だ」との展覧会報告書の中での分析に触れて、YCスタジオだから具現化できたのだと感銘を受けた。

ともあれ、作品を紹介することで生まれる作者の社会性の創出、また、見る側に与える勇気や喜びがあったことは確かで、発表の必要性、可能性を感じられる展覧会だった。まさにYCスタジオの際立った実績といえるだろう。次の機会を心待ちにする。

YCスタジオのこれから

商店街の地域の再開発がはじまっていて、現在借りているところもいずれ出なければならない。新しい活動の拠点になる場所の確保が目下の懸念。

生きづらさを抱えた若者たちの居場所として定着し、今は交通至便な中心街だから来やすいこと。無農薬野菜の購入を楽しみにしてくれる常連さんのこと。ゆったりしたスペースの確保。その他諸々のことを考える木村さん。

「いってきまーす!」YCスタジオで作業を終えて、飲食業のアルバイトに出かけていく青年の背中を笑顔で見つめながらも、目下の課題にすこし眉が曇った。

木村理事長とスタッフ、そして精神疾患を抱えながらもNPO法人の戦力として頑張る若者もいる。地域に根づいたスペースだが、変化のときは大きく飛躍するチャンスと信じる。心からエールを送ろう。

NPO法人YCスタジオ

住所:〒690-0061 松江市白潟本町70

0852-25-9562

松江駅より徒歩約10分

市営バス停 大橋南詰より徒歩1分