東京都立秋留台高校を訪ねて①全国初の学び直しの学校
インタビュー/特別寄稿
2017/04/01
アキルスピリッツ―とことん面倒を見る熱い思い ①
東京都の北西部、多摩地区にこの学び舎はある。
磯村元信校長は「ぼうず通信」という滋味溢れる校長ブログを書かれていて、コンパスナビ編集部も読者の一人だ。今ではちょっとありえない仰天エピソードや、教員生活の印象的な事件から書き起こして、目下喫緊のイシューまで、硬軟取り混ぜた幅広い話を、時に涙し、時に笑いをこらえて読ませていただいてきて、本日ようやく直にお目にかかれた。
高校部活では柔道の指導者(講道館柔道6段)として全国的に有名な磯村校長は、つるんとした頭(!)のちょっと見はこわもてだが、柔和で、ちょっと早口で、パワフルな方だった。
(〒197-0812 東京都あきる野市平沢153-4 電話 : 042-559-6821 ファクシミリ : 042-558-3164)(アクティブラーニング推進校・授業のユニバーサルデザイン推進校・授業交流 拠点校、キャリア教育有料学校 文部科学大臣賞受賞)
最寄り駅:JR五日市線 東秋留駅より徒歩20分
写真左:菅勇真副校長 右:磯村元信校長
平成28年11月19日 東京都立秋留台高校は創立40周年の節目を迎えた
ここまでの道のりを振り返り、これから10年の展望を磯村元信校長は次のように語る。
「エンカレッジ校として14年(2016年時点)を迎え、磯村元信校長が着任してからの9年間は生活指導の徹底を主に、中途退学者の減少、授業規律の確立に腐心してきた。
創立50周年までの10年間の目標として、学び直す学校として教職員が一丸となってエンカレッジ校の特色をさらに発展させ、多様な生徒の面倒をとことん見て、自らの希望する進路を実現できる生徒を育成し、地元・地域で活躍できる人材の輩出を目指していきたい」。
・・・・・・・・・・・
エンカレッジ(encourage)とは「励ます」という意味です。中学校での学習で十分に力を発揮できなかった生徒や、高校入学後あらためて学び直しをしたいと考えている生徒を励まし、自信を与え、潜在能力を伸ばすことを目的としています。そのために、基礎・基本を徹底し、体験を重視した学習指導を行います。また、服装・頭髪など生活指導を厳しく丁寧に行い、将来の目標を持たせる進路指導を行います。(出典:東京都立秋留台高校平成29年度学校案内)
「究極の学び直しを求めて」―創立40周年記念誌 より
「義務教育段階で学びからドロップアウトした子どもたちを高校の枠組みの中でいかに学びに引き寄せることができるか、学ぶことの意義や楽しさを実感させ、どのように社会で生き抜く力を育成するか、そのハードルはきわめて高く険しいものです」。
平成20年4月、校長に着任した磯村元信校長が歩んだ道のりはまさに「改革」の日々であった。
校長は、コンパスナビ編集部に「改革の黙示録 目覚めよ!アキルスピリッツ やっちゃえアキル! なんでもありみんなでマッハの壁をこえろ!」(東京都立秋留台高等学校40周年記念誌別冊)を手渡された。「学び直し」の学校改革の足跡が記されている。
まずは、着任当時の校長通信を紹介したい。温かくまっすぐなお人柄と思いが、やさしい言い回しから立ちのぼる。そして言葉の力に背筋が伸びる思いがする。ここに原点があると強調された。
「湘南の風」(平成20年度 校長通信から)
4月に校長に昇任し、右も左もわからぬまま一学期が終わろうとする7月初旬のこと。これまで大きな病気などしたことのない娘が突然ウィルス性の脳炎を患いました。学校帰りに行方不明となり、神奈川の大磯駅で発見され、近くの病院に救急車で搬送されました。病状は日に日に悪化し、集中治療室で女房と交代で看病する生活が始まりました。
新任校長が一学期の成績会議も終業式も不在のままに夏休みを迎えてしましました。学校に戻れたのは娘の病状が安定した八月中旬でした。
副校長のとき、病気で入信した校長に「入院していてもできる学校経営はすばらしいですね」と大口を叩いていたら、早くもわが身の現実となってしまいました。
毎朝、病院から携帯電話で副校長に「学校は変わりはありませんか?いつ戻れるかわかりませんが、よろしくお願いします」とお願いばかりのふがいなさ、後ろめたさを感じつつも、何としても和が子を救いたい。そんななりふり構わぬ親心の方がはるかに勝っていました。
生徒の問題行動の多発する本校で、不思議とその期間だけは何事も起こらなかったことは、副校長や教職員の皆様、そして生徒に感謝しなければなりません。
このことで、はからずも実感できたことがありました。ひとつは校長の前に父親であること。そして校長が不在でも学校は何事もなくまわるということです。新米校長の力みや気負いが一気に抜ける出来事でした。
この体験は、その後の私の校長としてのあり方に貴重な示唆を与えてくれることtになりました。
娘の運ばれた救急病院は24時間オープンを理念とする病院でした。その理念と体制を維持するために若い医師がチームを編成して患者に対応していました。病院での生活が長引く中で、次第に周囲が見えてくると、その環境が自分のいる学校状況に重なる部分を感じるようになってきました。
見るからに経験が浅く自信なげな医師が、悪化する病状や治療法を説明する際、「まにゅあるではこうなっています」という言葉に不安よりも、腹立たしささえ感じました。 また、人工呼吸器を装着する時、「一度装着すると法的にご家族が希望しても外せなくなります」と額面どおりに言われ、不安と怒りは増すばかりでした。そう説明しても病状や治療法に変わりはないかもしれません。しかし、説明の仕方によっては納得のいかない場合がある。それは、ちょうどわが子の問題行動で進路変更を迫られた保護者の心情に重なるもののように感じられました。
さらに病状が悪化して痙攣が頻発するようになると、看護師を呼び出すブザーを押す回数も増え、その到着が少しでも遅いと苛立ちを覚えるようになりました。また看護師による点滴の巧拙も気になるようになりました。さらには、空き時間にパソコンに向かってデータを入力している看護師の姿さえ、その時間があるのならなぜもっと患者を診ないのか。そんな不信感へと変わっていきました。それはまさに、教員の資質、能力も問題や、文書的な多忙感の中で生徒と教員が接する時間が奪われ、生徒や保護者のトラブルが頻発する。そんな教育現場の影の部分を豊富都とさせる光景でした。
しかし、長く病院で寝泊りするうちに、次々と運び込まれてくる重症患者に不眠不休で対応する医師や多くの患者のコールに休む間もなく、しかも笑顔で答えている看護師の姿を見て、これ以上に現場の人間に何を求めてことができるのか、そんな思いへと変わっていきました。
宿直で日替わりする看護師さんも、気心が知れるほどに皆安心できるようになってきました。若い医師の廊下や病室でも所構わず行われるミーティングも頼もしく感じられるようになってきました。医療現場の壮絶な格闘を見るうちに、その最前線で体を張っている医師や看護師をもっと信頼して家族に一緒になって病気に向き合わなくてはいけない。そんな連帯感、一体感が強くなっていきました。
どんな崇高な理念や厳格な規則があっても、すべてのことがそれを運用する人と人とのかかわりの中で、良くも悪くもなっていく。それが現場の現実です。学校現場の最前線で体を張っている教職員を信頼し、保護者や地域など学校をとりまくすべての人々の連帯感や一体感をいかに高めるか、それこそが学校の成功責任者の使命ではないのか、この体験を通してそんな思いを新たにしました。
娘が集中治療室から個室に移った頃のことです。ある朝、病室の窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできました。その風はほんのわずか潮の香りがしました。「この病院は湘南の海に近いんだね」と意識のはっきりしない娘に説明した後で、すっかりまわりが見えなくなっている自分自身に気がつきました。
最前線で日々格闘する教職員を信頼し、少しでも元気にしたい。そういう思いでこの校長通信を出してきました。それをまとめるにあたって初回のタイトルを「湘南の風」としたのは、たとえそれがささやかな風であったとしても、現場を応援する熱いエールの風を送りたい。またこれからの校長職の中で、自分を見失うような事態に遭遇したときに、この体験を忘れないようにしたい。そういう思いからです。
クイックルワイパーの柄の長いのを持って、校内巡回へ
さて、校長にお話をお聞きしたいと思ったところ、校長は、クイックルワイパーの柄の長いのを持って、校内巡回に連れて行ってくださった。
廊下の隅っこを磨きながら広い校内をこまめに歩いているのだそうである。
手馴れたものである。ささーっと床を磨きながら授業を行う教室の中を見ていく。滑らかに引き戸をあけて、静かに教室の中に入っていく。後にこの校内巡回の深い意義を知ることになる。
生徒たちも教員も格別驚いた風もなく、磯村校長は教室の空気のように、授業を見ている。
服装の乱れや、気になる動作を見つけると、傍に行ってそっとささやくように注意する。
美しい姿勢の生徒たち
教室の壁には「秋留台高校 SNS 学校ルール」「携帯電話・スマホの取り扱いについて」のポスターが貼られている。掲示物が少ないのも目に入る情報過多で気が散らないようにするためだ。
印象的だったのは「腰骨を立てよう!」というポスターだ。
「背中が曲がっていると、内臓が圧迫するなどして疲労感や体調不良などを引き起こし、集中力ややる気が減退します。
『腰骨を立てること』=『立腰(りつよう)』によって、姿勢を良くする習慣を身に付けさせましょう」とある。
絵のとおり美しい姿勢で授業に集中する生徒の姿があった。
発達障害をもつ生徒がいる学校だ。ユニバーサルデザインの授業を行うことが、「学び直し」の授業の構造の大事な要素となっている。
つまりこういうことだ。「教室環境の整備、見通しと視覚化、事前の注意喚起、スモールステップの説明」がポイントとなっている。授業中のいくつかの教室に入らせていただいたのだが、机と椅子の位置が整然としていることに目を見張った。定位置に戻しやすいように治床にマークが貼ってあった。ものの収納にも色で識別しやすい工夫をしている。
掲示物が少なく簡潔だ
きれいに整頓された教室内。ごみ一つ落ちていない
菅副校長もクイックルワイパー片手に巡回中だ
校長は毎朝、写経をして心を整えて一日をスタートする。
そして拝島の駅に立つのだという。秋留台の生徒はもちろん、他校の生徒も教員も駅員も磯村校長のことを知っている。「おはよう」「おはようございます」「(そっと)ネクタイがないぞ」(昨日も言ったかも?)という風景が繰り広げられる。
そんなお話を伺っているちょうどそのとき、埼玉県立高校の女性校長から、駅に立つ校長に明日同行したいとの連絡が入った。磯村校長は最寄でない拝島駅に立つというのだ。そのたたずまいから女性校長は大きなヒントを持ち帰ることだろう。
駅や校門は「生活指導の徹底」の毎朝のチェックポイントそのものだ。
副校長二人が分担して登校時の生徒に目配りをしていると聞いた
JRの本数が少ないこともあって、東秋留駅からどっと下りてくる生徒たちで、駅前がダンゴ状態になると苦情があったとのことで、2人の副校長が分担して学校までの要所に立つようにした。そして秋留台高校の生徒たちと、横断歩道を渡る東秋留小学校の児童の見守りを行っているのだそうだ。児童が渡りきったらドライバーに深々とお辞儀をする秋留台高校生の姿が見えるようである。午前7時ごろから出勤し生徒指導する副校長たちは本当に努力されている。