渋谷で起きた事件を受けて

コンパスナビニュース

2019/02/27

渋谷で起きた事件を受けて

あってはならない、悲惨な事件

広く報道されているように、2月25日に渋谷区の児童養護施設「若草寮」にて、その施設出身者により施設長が包丁で刺され死亡する事件がありました。

詳細は、警察の調べが進むのを待たないとなりませんが、コンパスナビとして現在の段階で杞憂することなど、お伝えしたいと思います。

犯人は、4年前まで同施設で生活をしていた若者でした。報道によれば施設出身の若者に多くあるように、就職したけれど仕事が続かず、早期退職後はアルバイトを繰り返しながら一人で生活をしていたようです。住んでいたアパートは施設の紹介で住むことができたけれど、家賃未納や器物損壊などのトラブルがあり、追い出される形でアパートを出て、事件へと向かってしまいました。

施設や里親を巣立った多くの若者たちが最初に感じること それは「孤立感」

現状の児童福祉法では、児童養護施設で生活できるのは原則17歳まで。18歳の誕生日がきたら、施設や里親を巣立たなければなりません。高校生の場合は、卒業する3月まで延長措置をとり、卒業を待って社会に巣立ちます。

いまの日本では20歳にならないと成人と認められません。つまり、彼らが社会に出たときには、まだ「未成年」の状態です。こういった社会的養護下で生活をしている児童の多くは、虐待、及びネグレクトが原因です。つまり、社会に出ても「頼るべき大人である親を頼れない、もしくは頼りたくない」状態だということです。未成年でも「親権者の同意」と「保証人」があれば、ローンも組むことができますし、賃貸物件を借りることもできます。

しかし、携帯を買う、アパートを借りる、就職する、など多くの場合に、未成年の場合はこの「親権者の同意」「保証人」という壁が立ちふさがります。

社会に出たこういった若者たちにとって、こうした社会の壁がますます彼らを孤立へと追い込んでいくのだということは想像するに難くありません。

 

施設で今回の犯人のアパートは施設の紹介で入居したようですが、自ら招いたトラブルにより退去をさせられたことになった逆恨みが、この事件の発端との報道もあります。犯人の若者が犯したことをかばう気持ちは一切ありませんが、「孤立」「孤独」ということばが、事件のキーワードにあったのではないかという思いがあります。

アパートを出てからネットカフェを転々とし、一人恨みをつのらせ犯行の準備を進めていたことを考えると、何がそこまで彼を追い詰めたのか、事前に防ぐ手立てはなかったのか、社会的養護の関係者であれば、そこに忸怩たる思いがわきあがってくることだと思います。

 

施設を巣立ってからの支援、つまりアフターケアでは「孤立を防ぐ」ことがとても大事になります。つまり「誰かとつながる」こと、「(心や実際)の居場所作り」です。

支援者や育った施設とのつながりはとても大事です。しかし、彼が外部の支援者や施設側に助けを求めたか、今のところ報道されていません。一人で抱え、悩み、将来に絶望を感じ、そのはけ口を自分が唯一つながれる施設に向けてしまったのかもしれません。

日頃、気軽に相談できる相手、それが「仲間」でも「話をきちんと聞いて対応してくれる大人、支援者」でも構わないと思いますが、「信頼できる人の存在を身近に感じられる」環境を作ることが、今後こういった悲惨な事件を回避する有効的な方法ではないかと考えています。

 

コンパスナビではこうした、施設や里親を巣立った若者の孤立を防ぎたいと考えています。ただでさえ生きづらさを抱えてしまっている若者たち。社会に出たら、守ってくれる法律がなく、社会インフラも自分たちの味方ではない場面にぶつかるのです。

独りぼっちにしない活動「waccaプロジェクト」

施設や里親出身の当事者であるユースと呼ばれる若者たちと連携しながら「waccaプロジェクト」という活動をしています。埼玉県より受託した「未来へのスタート応援事業」と呼ばれる、アフターケア、リービングケアを中心とした支援活動にユースが参加して、施設の児童や、職員さんたちと触れ合う活動を行っています。

具体的には「料理教室」や「アサーティブトレーニング」、「お金の管理セミナー」、「吉本芸人によるお笑いコミュニケーション講座」などを、施設に直接訪問し、また地域のコミュニティセンターを借りて開催しています。

 

もちろんこういったプログラム一つひとつは、その道の専門家が直接レクチャーしますので、それぞれがとても有効なメニューです。児童の自立に向けたもの、職員さんの教育につながるものなど、豊富なプログラムを準備しています。

ユースはスタッフとして直接子どもたちと触れ合っていきます。そこで仲良くなり、施設を巣立つときにはユースの仲間に入る。そして今度は自分が施設に訪問して他の児童たちと触れ合う。この循環を「wacca(わっか)」と称し、施設を出た若者と施設で生活をしている児童とのつながりを実現する、それが「waccaプロジェクト」です。

まだ昨年スタートしたばかりですが、地元の埼玉県でしっかりと実績を作り、将来的には全国の施設や里親を巣立った若者が全員「ユース」としてつながって欲しいと考えています。

社会的養護の世界が抱える問題

千葉の事件で児童相談所や教育委員会の問題が話題になりましたが、児童福祉の中の社会的養護の世界が抱える問題は、決してそれだけの話ではありません。もっと、解決しなければならないものが山積しています。

この問題をメディアが伝えるときに、児童相談所の職員が抱える対象児童数、警察との連携ばかりがクローズアップされていますが、他にも次のような問題があります。

児童相談所の一時預かり所に存在する処々問題、職員の待遇や働き方、施設の小規模化、里親へ傾倒しようとする流れ、そして社会的養護下にいた若者たちを守るべき法的根拠がないこと、などなどこれらは独立したものではなく、すべてがつながっている問題です。

今回の事件を、一人の若者が起こした凶悪事件、で済ませてはいけないと考えています。事件を犯した若者にはしっかりと罪を償ってもらいたいと思いますが、様々な背景が原因にあるのかもしれません。

社会的養護のことを知って欲しい

施設で育つ子どもたちは、何も変わらない普通の子どもたちです。施設で職員さんに大切に守られながら、元気に生活しています。これまでにも、有名なスポーツ選手や芸能人がOBにいて、支援活動をしています。普通の若者なのです。

この事件により施設で暮らす児童や、児童養護施設について、推測や憶測で語られ、あらぬ目で見られることがあってはなりませんし、いじめなどにつながるようなことがあってはなりません。

 

今こそ、社会的養護のことを一人でも多くの人に知っていただきたいと思います。

 

やむにやまれぬケースもあり一概には言えないのですが、多くは大人の身勝手で施設生活を余儀なくされた児童です。私たち大人は、子どもを守り育てる社会的役目があります。いまこそ、一人でも多くの大人たちがこの問題に目を向け、真剣に語り、問題がたとえわずかでも解決する方向に進むことを期待してやみません。

それが亡くなった方々に向けた唯一の弔いなのだと信じています。