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インタビュー/特別寄稿

インタビュー/特別寄稿

トッププレーヤーとして、指導者として、
そして大きく変化する企業スポーツを牽引する立場として

トッププレイヤー、指導者として道を究めた堺ブレイザーズ常務(2016年6月23日からは「取締役相談役 管理部長」に就任)田中幹保さんに、バレーボールで生きていくとはどういうことか、話を聞いた。

新日鐵住金堺体育館にて

新日鐵住金堺体育館にて

バレーボールは好きじゃなかった!


195cmの長身は、さすがに存在感がある。

「バレーボールは中学生から始めました。入学した時にもう165,6cmあったんです。

でもそのときに、バレーで生きていくとは全然思っていなかった。バレーボールは全然好きやなかったからね。気は進まなかったけど、3年間練習を続けて技術を身に着けて、結構レベルの高いプレイヤーになっていたので強豪の姫路南高校から誘いが来たのですが、自分の学力にあった姫路東高校に進学しました。身長は190cmありました。でかいだけでしたが、練習しなくても高校では通用したんです。そこそこ目立った存在でした」

 

超ハードな練習が待っていた新日鐵堺


 

田中幹保さんは、1973年、日本代表の主将、中村祐造選手のスカウトで、新日鐵堺に入社した。

「2年間は、中村さんにばんばん鍛えられました。それ以降、そんな練習は二度としなかったけども、あんな練習に耐えたのだから、これくらいの練習へでもないわ、と思えるようになりました」

田中さんは19歳で日本のトッププレイヤーになる。最優秀選手賞7回。モントリオール、ロサンゼルス・オリンピック代表。

「高校まで全くの無名選手が3年後には金メダルを目指しオリンピックに出ている。私ほど短期にうまくなった選手はいないと思います。短期上達法の秘訣は「考える」ことです。当時、選手として、何をしないといけないという決め事は特にありませんでした。体のメンテナンスは当然しましたし、食事も考えました。うまくなるには、すべてが当たり前のことでしょう。練習が終わって、同僚と大部屋に帰って、何本サロメチールを塗ったかわからない(笑い)」

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プレイングマネージャーに


 

29歳の時、恩師中村祐造さんから次期監督に指名される。「どうして田中さんを後任監督にしたのでしょう」と聞くと、田中幹保さんは、少し考えて、こう言った。

「それは力でしょう。私が一番実力があったから。一番力がある人が監督として率先垂範でチームを引っ張っていく。それが新日鐵の伝統的な強化スタイルでした」

田中幹保監督率いる新日鐵堺(のち新日鐵)は、1989年から日本リーグ3連覇、この間、最優秀監督賞を3年連続で受賞する。

1991年には、現役を引退。1年間、新日鐵の総監督を務めた後に、JOCから派遣されてアメリカ、イタリアにコーチ留学をする。

帰国後、田中さんは全日本ジュニアの監督になり、アメリカの練習法を取り入れた。

 

「日本の場合、バレーボールはアップして、対人してレシーブして、スパイクしてという基本的な流れがある。このスタイルは中学、高校からトップまで変わらないんです。

アメリカではコーチが“30分後にAB戦するから、体作っといてね”と言う感じ。

日本人選手も最初は面白がるけど、勝手が違うから、だんだん最初からやってください、と言う風になるんです。

また、海外の練習方法は目的を理解しないと効果発揮しない。だから“これはこういうためにやるんだよ”と説明するんだけど、理解する選手は少なかった。

日本の選手は名門高校出身が多く、先生に言われて深く考えることなく“はい、はい”とやることに慣れてしまっている。自ら考え自ら行動することに慣れていないから、練習の目的を理解せずにやる。その結果、効果が半減してしまう。それは今でも感じます。

上位下達の指導方法は簡単だし、成果も短期間に現れやすいが、子供たちに考える癖をつけさせないと世界との差は開くばかりです。スポーツをやる意味も半減すると思います。私はバレーを通して無形の財産を多く獲得しました。それが、人生を生きていくうえでの大切な財産となっています。バレーと真摯に向き合い、悩み、考え、失敗や成功の体験から得たものなのです。子供の成長の為にも「考える」環境を作ってやってほしいですね。先生の我慢が必要になってきますが…」

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企業スポーツが大きく変わる中で


世の中の変化によって、企業スポーツも大きく変わりつつある。

実業団チームによるバレーボールの最高峰、日本リーグは、Vリーグ、Vプレミアリーグと変わった。

そして、バレーボールの名門、新日鐵も、2000年に堺ブレイザーズと名前が変わった。名前が変わっただけでなく、堺ブレイザーズは、新日鐵(のちに住友金属を吸収合併して新日鐵住金)の子会社となり、大阪府堺市を本拠として総合スポーツクラブとしてスタートすることになった。

「バレーボールで生きていく」環境は、大きく変化したのだ。

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「企業スポーツは、どんどんつぶれる時代になりました。富士フィルム、NEC、日本鋼管などバレーの名門チームが消えていった。

新日鐵も潰されそうになったときに、私は全日本の監督をしていてチームを離れていましたが、当時の小田勝美副部長が“チームを潰すかどうか”と言うことを会社から突き付けられて、クラブチームで残すと決めたんです」

 

2004年、田中幹保さんは、堺ブレイザーズに副部長として復帰。

 

「帰ってきた瞬間から、昔の企業スポーツとは違うなと感じました。“好きなスポーツだけやっていればいい”ではないので正直やりにくさも感じますが、同時にこういう形態のスポーツもあってもいいのではないかと思いますね。苦しいと思わずに、面白いと思わないとやってられない(笑い)」

 

子どもたちにバレーボールを教えたい


 

今の堺ブレイザーズは、18人の選手の内、半分がプロ契約、残りは新日鐵住金の社員で堺ブレイザーズに出向している。

 

「社員の選手もバレーをやっている間は会社に行くことはありません。

この制度になったときから、プロ契約選手は新日鐵住金社員の選手をうらやましく思っているようです。反対に、社員の選手はプロ契約選手はいい給料もらってと思ったりしている。

毎年、予算とにらめっこしながらやりくりをしています。

こういう環境だから仕方がないですね。今も新日鐵住金の支援を頂きながら自分たちでも稼いで会社を運営しています。企業スポーツと違って大変なことも多いですが、やりがいは大いに感じています」

最近、頻繁に起こっているスポーツ選手の不祥事は他人事ではないという。

「プロ野球選手、バドミントン選手の不祥事は、ショックでした。うちの選手は、他の企業スポーツと違って24時間バレーボールができる環境です。でも、今は合理的な練習が多いから1日2時間とか、二部練習しても4時間とかしか拘束しない。あとは彼らの自由な時間です。プライベートまで管理するわけではないし、どこ行ってもなにをしてもわからない。だから、選手はしっかり教育しないといけない。そういう事件を起こしたら、うちのようなチームは一発でアウトです」

 

3年前からは常13210913_779575655476672_1000325756_o務の肩書がついた。堺ブレイザーズを経営する立場に専念することになった。

「あと1年で身を引くつもりです。前日本代表のコーチをしていた中垣内祐一が帰ってきたので、彼を部長にして、1年間会社のことをいろいろ教えていきます。後継者ができたら身を引くのは、部長になった瞬間から望んできたことです。

全日本監督当時“バレーボールの競技人口を増やすには、全日本が強くならないと”とよく言われました。それもそうだろうが、サッカーのようなシステムを構築し底辺をもっとしっかりと築かないとだめだと痛感していました。

だから、ブレイザーズに戻ってバレーボール教室・小学生チームを作ることに意義を感じていました。

サッカーのシステムには及ばないが、バレーではそんなにやっているところはありません。

60歳も超えたので来年には田舎に帰って、バレーの底辺づくりをできる範囲でできるだけやろうと思っています。ようやく自分のやりたいことができるようになると思って楽しみにしています」

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今スポーツで頑張っている高校生に向けて発信した記事を高校部活応援WEBマガジン「ナビ部」で詳細に紹介している。「スポーツで生きていく」とはどういうことか、じっくり読んでいただきたい。


「ナビ部」 男子バレーボールのトップ選手、指導者が語る「バレーボールで生きていくと言うこと」

「ナビ部」 あんな練習耐えたのだから、これくらいの練習へでもないわ

「ナビ部」 一番力がある人が監督として率先垂範でチームをひっぱっていく

「ナビ部」 もう“好きなスポーツだけやっていればいい”ではない。バレーボールで生きていくのは大変だ! 


(株)ブレイザーズスポーツクラブ


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