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インタビュー/特別寄稿

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自立への道―「住居と仕事に恵まれて、自立して夢を追い続けられる私たちは運がいい」

児童養護施設には様々な状況で施設に来た子どもたちがいる。施設を出て学校に、仕事に頑張って楽しんでいる兄妹がいる。

 今の法律では高校3年生で卒業する3月末、児童養護施設を退所しなければならない。頼る人や親族がいなければ自分の力で生きていかねばならない。一人親で頑張っていた母親が小学校低学年で亡くなり祖母に育てられていたが、その祖母も続いて亡くなった。兄妹は自ら児童養護施設に入った。高校卒業後18歳で退所してから、現在までの様子を聞いた。(2016年3月)

18歳になって児童養護施設を出てからどうするか。
「私たちの場合、そのときにいい出会いがあって、仕事や住居に恵まれてほんとうに運が良かった」と明るく話す兄妹。
兄の髙橋万里さんは昼間は会社員、夜は大学生、そしてサークル活動でブレイクダンスを頑張っている。
妹、髙橋真由美さんは専門学校在学中に少女マンガ家への扉をたたき、その一歩を踏み出し始めた。
夢に向かって進むふたりの生活をきいた。

兄・髙橋万里さんのケース―就職して大学にも通える道があることを教えてもらった


私は埼玉県立の高校の全日制普通科に通っていて、3年生の夏休み前には、最終的に進路を決めなくてはなりませんでした。経済的にきびしいので進学はあきらめ、就職することにしました。進路担当の先生と話しているうちに「昼間は仕事をして、夜は東洋大学に通える会社があるけれど」といわれました。就職しても進学できるということは考えたことがなかったので、新たな選択肢に驚きました。会社見学に行って、面接を受けてS紙工所に入社することになりました。

26年3月に卒業し、朝8時半から午後5時まで働き、そのあと、文京区白山の東洋大学の経済学部経済学科2部に通っています。飯田橋に本社と寮があるので、住まいの心配もありません。大学に行くのは経済的に困難だと思っていたので、会社が進学を後押ししてくれるのはほんとうに有り難いです。将来は教員になるのが夢なので、まずは大学を卒業することが目標です。

今年、また施設から同じ会社に入社して大学に通う友達がいて、この道筋が後輩にもずっとつづけばいいと思います。高校の先生が私たちを支援してくれる会社をみつけてくれたことに感謝です。

 精一杯働いて、勉強して ブレイクダンスにも熱中しています


江東区潮見に工場があるので紙の断裁などの仕事をしています。紙は重いので90キロくらいを持つこともあり、筋肉がつきました。また、自転車通勤をしているので脚力もつき、自然に運動にもなって一石二鳥です。

大学の二部は、6限と7限の各90分授業。午後6時15分から始まり、9時半には終わります。そのあとに、1時間半ブレイクダンスのサークル活動をしています。高校のときは、寿司屋のアルバイトをしていたので部活はできませんでしたから、いまが楽しいです。

ブレイクダンスを知ったのは中学3年生のとき、いまチームを組んでいる友だちがマイケル・ジャクソンが好きで、私は安室奈美恵が好きで、「歌に合わせたダンスをやりたいね」と漫然と話していました。埼玉大学の教育学部の体育科の学生さんが施設にアルバイトにきて、その人がダンスをやっているというので、「ダンスをやるとしたら何がいいですか」ときいてみたら、「それは、ブレイクでしょ」といわれて、ブレイクダンスに興味がわきましたが、実際にブレイクダンスを見たのは高校に入ってからです。アクティブな動きで、すぐやってみたいと思って、その学生さんを師匠にして、週に1回教えてもらうようになりました。週に3回くらいは自分たちで自主練習しました。私たちのいた児童養護施設には多目的ホールがあって、そこを練習場所として思い切りで踊ることができました。いまは学業と仕事をがんばって、その後のブレイクダンスの時間もたのしんでいます。一生懸命に練習していてYouTubeにもアップしています。

 妹・髙橋真由美さんのケース―ひとりでなく、シェアハウスで生活ができるので心強いです


私は、27年3月に埼玉県立の高校を卒業したのですが、卒業後はマンガ家になりたいという夢を漫然と持っていました。アルバイトは高校1年のときはしませんでしたが、高校2年と3年では週に6日働き、巣立つ準備をしていました。アルバイトの職種はいろいろ転々としましたが、パン屋さんが1年半くらいで一番長かった。

自立後はなんとしても少女マンガ家になりたい、その夢を実現したいと思うようになりました。そんな折、都内に女性専用のシェアハウスがあるという情報をもらって、高校3年の7月に見に行きました。「ブリッジフォースマイル」が運営する初台のシェアハウスです。2階に大家さんが住んでいて、1階がシェアハウスになっています。ダイニング・キッチン・バス・トイレがあって個室も確保されていました。都心部にも近く、清潔でいいところなので、10月頃にそこに住むことを決めました。施設を出たらすぐ住むところを探さなければならないので、早めに住むところがみつかったのは、本当にラッキーでした。実際に住んでみると、学生も社会人もいるところで、プライバシーも守られますし、家賃も周辺の相場に比べたら安いと思います。

私がなにより心強かったのは、いつも誰かが同じフロアーにいるという安心感があることです。施設ではずっと大勢の中で生活してきましたから、ひとりだとこわいのです。キッチンで料理をつくったり、ダイニングで食事を食べたりするのはいつも誰かと一緒ですから、さびしくありません。私たちが苦手なのはひとりぼっちで孤独感を感じること。精神的に安心できる今の生活はそれだけで幸せなことです。とくに、このシェアハウスは施設出身者を積極的に受け入れているので、同居の人と隠し立てしないでフランクに話せますし、共感できることが多いので気を使うこともありません。施設を出て最初に住む場所としては理想のところです。いずれ独立してひとりで住むことになっても、ここで料理や暮らしのやり方を学ぶことができ、人間として強くなっているでしょうから、どうにかなります。ワンクッション置ける住居に住めてよかった。18歳でいきなり一人暮らしをすることを考えただけで、心細くなります。

少女マンガ家になるために積極的に行動していきたい


私はマンガを『コンパスナビマガジン』(「ナビ部」カゼハレ劇場)で描かせてもらっていますが、専門学校の進級製作で描いたマンガをいろいろな出版社に持ち込んでみてもらいました。そのなかで大手少女マンガ雑誌の編集部から声をかけてもらいました。編集担当者に相談にのってもらって、新しくマンガをつくるところまできています。デビューはまだ先のことですが、編集担当さんにいろいろなサポートしてもらっています。どんなストーリーにするか、主人公はどうするかなど、商品になるようにアドバイスしてもらっています。これからいろいろな漫画賞に応募したいと思います。マンガ家になるのは、定期的にマンガをつくれる能力をつけなければなりません。1発どんないいマンガができても、連続してできないとプロのマンガ家にはなれない。もし、デビューしたら、定期的にコンペがあるのでそこに向けてやっていく。それと、読者にも人気がでるようなコミックでなければいけないなどなど、夢がふくらんでいます。

何でも話せる兄とふたりきょうだいでよかった。いままでいろいろな人に助けてもらえた私たちきょうだいが、夢をもって生活ができることに感謝しています。そして、つくづく運がよかったと思っています。
(2016年9月にプロデビューが決定しました!おめでとう!編集部注 最下段)

髙橋万里です。


「昼間はサラリーマンで朝8時半から5時まで働き、それが終わると自転車で東洋大学2部に通って勉強しています。そして、大学でブレイクダンスのサークルに入って毎日練習をしています。YouTubeにアップしていますので見てください。」

 

少女マンガ家になりたいと思っている髙橋真由美です。


「専門学校の進級製作で描いたマンガをいろいろな出版社に持ち込みました。そのなかで、大手少女マンガ誌で編集担当者さんがついてくれて新しくマンガをつくるところまできています。編集担当者さんにいろいろサポートしてもらって本格デビューできるように頑張っています。」

(2016年9月13日 いよいよ講談社 別冊フレンドにて「鈴峰あおい」のペンネームでプロデビュー決定!おめでとう!)


【別フレ8月号 セミナーページ①】686_687_BFR_2016_08-2

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